方は人が雑沓《ざっとう》しているけれども裏の方は誰もいない。表の方は昼のような明るさであったが、裏の方は真闇《まっくら》。
 米友は裏から廻ってこっそりと本堂の縁の下へもぐり込んでしまいました。蜘蛛《くも》の巣を分けながらちょうど須弥壇《しゅみだん》の下あたりのところへ来て見ると、いいあんばいに囲いになって身を置くようなところが出来ていましたから、そこへ荷物を卸《おろ》して、
「やれ安心、これでようやく今日の旅籠《はたご》がきまった」
 米友はそこに納まったが、頭の上は本堂の広間、いっぱいに人で埋まっているような様子。階段から庭、庭から海道筋の方へかけては、人の足音がしきりなく聞える。
 本堂の中にはいっぱいの人が集まっているようだけれども、そのわりあいに静かであります。そうして時々、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》、南無阿弥陀仏という声が海嘯《つなみ》のように縁の下まで響いて来ます。

 このお寺は、がんりき[#「がんりき」に傍点]や七兵衛がめざして来た天竜寺でありました。いま本尊の側《わき》の高いところで説教をしている六十ばかりの、至極|痩《や》せた老体がすなわち遊行上人《ゆぎょうし
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