山田の米友《よねとも》でありました。
通るところの人々から同情されたり侮蔑《ぶべつ》されたりしながら、米友は伊勢の国から、ともかくもここまで、その一本足で歩いて来たものであります。一本の足が折れて使えなくなったけれども、米友の敏捷《びんしょう》な性質は変ることはなく、かえって他の一本の足の精力が、他の一本へ集まって来たかと思われるほどで、撞木杖《しゅもくづえ》を上手に使ってピョンピョン飛んで歩くと、普通の人の足並には負けないくらいの早さで歩いて行かれるようであります。
「帯屋七郎左衛門、なんだか御大層《ごたいそう》な家だ、俺《おい》らの泊る家じゃねえや」
米友は今夜泊るべき宿屋を探しているものと見えます。
「鍋屋三郎兵衛、こいつも俺《おい》らの歯には合わねえ」
大きな宿屋の看板を見てはいちいち排斥して歩いて行く。
「大米屋一郎右衛門」
これはがんりき[#「がんりき」に傍点]や七兵衛が、駕籠と馬のあとを追うて今朝出て行った宿屋。
「これもいけねえ」
米友は身分相応な木賃宿《きちんやど》かなにかを求めているのだが、それに合格するのがついに見出せないで、浜松の城下をほとんど通りつく
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