》へ手をかける。蟻が芋虫《いもむし》をひきずるように、二寸ばかりこっちへ引き出しました。
「占めた」
 紙張の中には誰もいないのだ、いるにしても死んでいるか眠っている。がんりき[#「がんりき」に傍点]は、モウ占めたとばかり、ずいと葛籠を引き寄せること一尺。この時、紙張の裾が、扱《しご》いたようにグッと鳴る。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は、ついと飛び退《の》いた。一尺余りの白刃が、紙張の裾から飛び出して、がんりき[#「がんりき」に傍点]の眼と鼻の上を筋違《すじか》いに走って、そうしてその切尖《きっさき》はガッシと葛籠の一端に当る。
 ついと飛び退いたがんりき[#「がんりき」に傍点]。その時は、もう白刃は紙張の裾に隠れてしまって、紙張の中は前と同じように音もなければ声もない。
 二尺ばかり飛び退いたがんりき[#「がんりき」に傍点]はそこで脇差の柄《つか》に手をかけて、いま白刃の飛び出した紙張の裾と、葛籠の間を見ていること半時ばかり。いつまで見ていても紙張のうちは前と少しも変らない。がんりき[#「がんりき」に傍点]の方もまた、最初から終《しま》いまで一言《ひとこと》も立てないのであり
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