ようにして、耳を澄まして寝息を窺ったが、紙張の中に人ありやなしや。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]の眼は闇の中でもよく物が見えます。それはがんりき[#「がんりき」に傍点]に限ったことはない、盗みをなす人は大抵は皆そうであるはずです。
 畳の上に吸いついて紙張の中を見ていることやや暫く、どうしてもがんりき[#「がんりき」に傍点]に判断がつかぬ、合点《がてん》がゆかぬ。
 彼も七兵衛との話の模様では、一ぱしの盗人であろうけれど、紙張の中が何者であるか、起きているか醒めているかさえ、どうしても合点がゆかない。それを知るべく小半時《こはんとき》を費《ついや》してしまったのですがついに解決がつかないで、そのまま蟻《あり》の這うように井桁《いげた》の葛籠《つづら》の方へ寄って、やっと片手をその葛籠へかけました。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]は腹這《はらば》いながら、左の片手を井桁の葛籠の一端へかけたが、かけたなりで、また暫くじっとして紙張の中の動静を窺《うかが》う。
 紙張の中は、やはり静かであって、ウンともスウとも言わぬ。
 それからまた身体《からだ》をずっと乗り出して、葛籠の紐《ひも
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