桑名から宮まで七里の渡し。犬は竜之助の傍へつききりで、竜之助が舟から上ると犬もつづいて陸《おか》へ上る。
「これ犬」
高櫓《たかやぐら》の神燈《みあかし》の下で竜之助は、犬を呼んで物を言う。
「おれと一緒にどこまでも行くか」
犬が尾を振る。
「よし、おれの眼の見える間は跟《つ》いて来い、眼が悪くなった時は、先に立っておれの導きをしろ」
犬は竜之助の面《かお》を天蓋の下から覗《のぞ》き込んでいます。
「江戸へ八十六里二十丁、京へ三十六里半と書いてあるな」
太く書かれた道標《みちしるべ》の文字を読んで、
「鳴海《なるみ》へ二里半」
竜之助が歩き出すと、犬もやっぱり尾を振って跟《つ》いて来ます。
犬が竜之助を慕うのか、竜之助が犬を愛するのか、桑名の城下、他生《たしょう》の縁で犬と人とに好《よし》みが出来ました。この二つがどこまで行って、どこで別れることであるやら。
「桔梗屋《ききょうや》でございます、桔梗屋喜七は手前共でございます」
宿引《やどひき》の声。それには用がない。竜之助は神宮の方へは行かないで、浜の鳥居から右に寝覚《ねざめ》の里。
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花もうつろ
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