た》の紋をつけた葛籠《つづら》が一つ、その向うに行燈《あんどん》が置いてある。
やがてまたもとの部屋へ立戻ったがんりき[#「がんりき」に傍点]。七兵衛が待っている。
「どうだ、当りがついたか」
「駄目だ、やっぱりわからねえ、紙張の中に人がいるのかいねえのか、その見当もむずかしい」
「そりゃいる、人はいるにはいるがな」
「さあ、その人が男か女か、若い奴かまた老人か、それがわかるか」
「そりゃ男だ」
「男なら幾歳《いくつ》ぐらいで、侍か町人か、または百姓か職人か」
「そりゃ侍よ」
「はてな、それではあの葛籠《つづら》を何と了簡《りょうけん》した、井桁の朱漆の葛籠よ」
「あの中か、ありゃあ女物よ、あの中には女物が入っている」
「えらい! よく届いた。葛籠の中には女物で金目《かねめ》の物が入ってる、そうしてみると、いよいよわからなくなる」
「それを今、俺も考えているところだ、紙張の中に武士がいて、紙張の外には女物の葛籠ということになると、この判じ物がむずかしい」
「第一、わざわざ紙張を吊らせて寝るということからがおかしいけれど、あの寝様《ねざま》を見るがいい、ああして壁へも障子へも寄らず真中
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