んなのがいて、あれは景気は好さそうだがその実|懐中《ふところ》に金はあるまいとか、こちらの方に燻《くす》ぶっている商人|体《てい》の一人者は、あれでなかなか持っていそうだとか、あの夫婦者は実は駈落者《かけおちもの》だろうとか、この宿屋の客の値踏《ねぶ》みをがんりき[#「がんりき」に傍点]と七兵衛がする、どちらも商売柄、その見るところがたんとは違わない。最後にがんりき[#「がんりき」に傍点]が、
「そのなかで、俺の眼の届かねえのがたった一つあるが、お前はどう思う」
「うむ、二階の二番のあれだろう」
七兵衛の返事、おたがいの合点《がってん》。
「どうもあいつはわからねえ」
「俺にもわからねえ」
「よし、もう一ぺん確めて来る」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は便所へ行くようなふりをして、いま噂《うわさ》に上った二階の二番の前をなにげなく通って前後を見廻してから、そーっと障子の傍へ立寄ると、持っていた太い針のようなものを嘗《な》めて些《ささ》やかな穴を障子の隅へあけて、部屋の中を覗《のぞ》きます。
十畳の間、真中に紙張《しちょう》が吊ってあって、紙張の傍に朱漆《しゅうるし》、井桁《いげ
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