長局《ながつぼね》の部屋という部屋の障子へ一寸ぐらいずつの穴があけてあった、そこからいちいち覗いて見たもんだね。一人の女中の部屋では鼈甲《べっこう》の笄《こうがい》や簪《かんざし》をみんな取り出して綺麗に並べて置いて、銀簪なんぞは折り曲げて並べて行ったとね。周防守のお妾さんの部屋では箪笥《たんす》から紫縮緬《むらさきちりめん》の小袖を取り出して、それを局境《つぼねざかい》の塀の返しへ持って行って押拡《おっぴろ》げて張っておいたそうだが、それで金銀は一つも盗られなかったとやら。いや、何を取られたか知れたものじゃない、ハハハハ」
白い細かい歯並を見せて笑う。七兵衛をして、こいつがその鼠小僧ではあるまいかと思わせるくらいに、ちょっと凄味《すごみ》の利く代物《しろもの》。
袋井から見附《みつけ》へ四里四町、見附から池田の宿、大天竜、小天竜の舟渡《ふなわたし》も予定通り日の中に渡って中の町。
「あれが天竜寺」
横目に睨んで浜松の町へ入る。
「いよいよ浜松だ、日本左衛門《にっぽんざえもん》で売れたところよ。日本左衛門という奴は、また鼠小僧とは貫禄《かんろく》が違う、あの大将は手下に働かせて自
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