しょうかな」
 二人はとろろ汁を食べて、草鞋を穿き換えて、いざ、とこの茶店を出立しました。
「ずいぶんお達者な足でございますな」
「お前さんもかなり達者なことですね」
「どちらからおいでなさいました」
「俺《わし》は甲州からやって参りました」
「今晩はどちらへお泊りで」
「いえ、その、まだ……」
「浜松あたりはいかがで」
「なるほど、浜松までエエと」
「浜松まで、これからざっと二十里でございますな」
「二十里、なるほど」
「大井川と天竜川の渡し、こいつが、ちっと手間が取れましょう」
「なるほど」
「なあに、手間が取れたら、徒《かち》でやっつけるんですな、雲助が追っかけたら逃げる分のことで」
 旅には慣れきったような男であります。七兵衛は、こいつ人を呑んでかかっていると思ったから、
「時に、お前さんは何御商売ですね」
「ハハハハ」
 銀ごしらえの男は、ワザとらしい高笑いをして、
「まず、お前さんと同商売かね」
「なに、俺と同商売?」
「ハハハハハ、まあ急ぎましょう」
 ハハハと笑って口をあいて見せた歯並《はなみ》が、ばかに細かくて白い。歳《とし》は、そうさ、七兵衛よりも十歳《とお》も若い
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