土へん+垂」、第3水準1−15−51]峠《さったとうげ》で競争をしかけた、銀ごしらえの変な男。
「これはこれは」
さすがの七兵衛も、少し面喰《めんくら》って立ち止まると、
「まあ、おかけなさい、ここは名物のとろろ汁、一つ召し上っておいでなさいまし」
「お前さんは身延へ行くとお言いなすったが……」
「ええ、身延へお参詣をすましてその帰り路なんでございます」
「冗談《じょうだん》じゃねえ」
「へへ、それは冗談でございます、身延へ行くつもりでしたけれども、途中でまた気が変ったものでございますから」
「そうだろう、それでは俺《わし》もひとつ、とろろ汁をいただきましょう」
身延へ切れたのは嘘《うそ》、やっぱりこの変な男も上《かみ》へのぼって行くものでありました。それにしても早い、自分がちょっと清水港で用を足している間に、本街道を早くもかけ抜いて、ここでとろろ汁を食っているのだから、七兵衛もなんだか一杯食わされたような気持がするのでありました。
「これから名代《なだい》の宇都谷峠《うつのやとうげ》へかかるのでございますから、草鞋《わらじ》でも穿《は》き換えようじゃあございませんか」
「そうしま
前へ
次へ
全117ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング