だ、そうして、自分に足で戦いを挑《いど》むような仕打ちがいよいよ癪だ。
 しかし、いよいよ峠を下り切るまでこの男は、七兵衛より後にもならず先にもならず、ほとんど相並んで歩いて来たが、ほら[#「ほら」に傍点]村へ出ると身延道《みのぶみち》。
「旦那、私はここで失礼を致しますよ、はい、身延へ参詣に参りますもので」
 七兵衛に挨拶して法華題目堂《ほっけだいもくどう》から右、身延道へ切れてしまいました。

 七兵衛は、興津《おきつ》の題目堂で変な男と別れてから、東海道を少し南へ廻って、清水港《しみずみなと》へ立寄り、そこで小半時《こはんとき》も暇をつぶしたが、今度は久能山道《くのうざんみち》を駿府《すんぷ》へ出て、駿府から一里半、鞠子《まりこ》の宿《しゅく》もさっさ[#「さっさ」に傍点]と素通《すどお》りをして上へ上へとのぼって行くのでしたが、ちょうど、鞠子の宿の池田屋源八という休み茶屋の前を通りかかると、
「もしもし、それへおいでなさる旅の旦那へ」
 茶屋の中から言葉をかけたものがあります。
「エエ、お呼びなさいましたのは?」
 七兵衛ふりかえると、店先でとろろ汁を食べているのは、薩※[#「
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