なくなるようにさっさと明神の社内を出てしまいました。
 続いて社前を出たお絹、しばらく竜之助の後ろ姿を見送っていましたが、伴《とも》の女中を呼んで、
「お前、あの虚無僧さんを追いかけて、わたしの家へ来るように言っておいで、丁寧《ていねい》にそう言って、一緒にお連れ申しておいで、もし聞かなかったら、どちらへおいでなさるのですかといって、その行先を尋ねてごらん、それも言わなかったら、どこへ泊るかそれを見届けておいで」

         二

 その晩、机竜之助とお絹とは、西来院の傍《かたわら》なる侘住居《わびずまい》で話をするのが縁となりました。
「どちらかでお見かけ申したように思いますよ」
 二人の間には火鉢があって、引馬野《ひくまの》を渡って来る夜風が肌寒いから、竜之助は藍木綿《あいもめん》の着衣の上に大柄《おおがら》な丹前《たんぜん》を引っかけていました。
「江戸へ帰ろうと思う」
 まぶしそうな眼をして、独言《ひとりごと》のように言う。
「お急ぎではござんすまい」
「別段に急ぎもせぬが」
「それでは、こちらに御逗留なさいませ、わたしも江戸へ帰ろうか、それともこちらで暮そうかと考えて
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