殿様《せんとのさま》の墓はこの浜松の西来院《さいらいいん》にあって、そうしてこの浜松の城下はお絹の故郷でありました。
伊勢参りから帰り、お絹はそのお墓参りをしてここに逗留《とうりゅう》することも久しくなりました。
「危ない、女の身で、引込んでいさっしゃれ」
「そんなことをおっしゃらないで、お待ち下さいまし」
お絹は竜之助と浜松藩の武士の間へ身を以て入り込んでしまいました。
「さきほどから拝見致しておりますれば、ほんに詰《つま》らない行きがかり、殿方が命のやりとりをなさるほどのことでもござんすまい、女の身で出過ぎたことでござんすが、ただ通りがかりの御縁、どうぞこの場はお任せ下さいまし。それとも喧嘩をなさるなら、このわたくしをお斬りあそばして、それから後になさいまし。女をお斬りあそばしたところでお手柄にもなりますまい、どうかお任せ下さいまし」
そこへ一座のうちの老巧連が飛んで来て、
「いや、おのおの方も大人げない、旅の者一人を相手にして、勝っても負けても手柄にはなるまい、あとは拙者共に任せるがよい」
そこでこの喧嘩は、無事に引分けとなってしまいました。
竜之助はそのうちに、消えて
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