たものと思召せ、お女中にお花を教えたりしているところへ、島田先生が見えられたのでございます」
「なるほど」
「その日の正客《しょうきゃく》は島田先生で、お相客《あいきゃく》も五六人ほどございました、女中たちはなかなか忙《いそが》しそうだから、わたしのことゆえ、台所の方までも出向いて、差図《さしず》のようなことやお手伝いのようなことをしていますと、お女中がお膳部《ぜんぶ》を次の間まで持って行った時、そこの御主人が、まだ座敷へ出してはいかぬ、そこへ置けと女中たちに言いつけて、それから、島田の膳部はどれだどれだと念を押して尋ねていたのを、わたしが聞きましたが、やはりその時は何の気もつきませんでした」
「はて」
「それから、わたしは奥へ行って、また台所の方へ出ようとして、そのお膳部を差置いた間《ま》の外を通りますと、誰も女中がいないのに御主人が一人でいらっしゃる、その時も、やっぱり何の気もつかなかったのでございますが、わたしが通りかかるとその御主人が、あわてたような素振《そぶり》でついと立ったのが、そのとき少しおかしいとは思いましたが、それとても大して気には留めませんでした」
「うむ」
「それ
前へ 次へ
全117ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング