な証拠じゃ、歌を聞いて死ぬ気になったからとて、その歌をうたった者が殺したとはおかしい。歌うものは勝手に歌い、死ぬ者は勝手に死ぬ……」
「勝手に死ぬ?」
 お玉の極度にのぼ[#「のぼ」に傍点]った熱狂がこの一語で一時に冷却されて、口が利けないほどに唇がふるえましたけれど、それが過ぎると前よりも一層のぼせて、
「死ぬ者は勝手に死ぬとは、ようもまあ、そのようなお言葉が……なるほどわたくしは賤《いや》しい歌うたいでございますから、勝手に出まかせに歌もうたいましょうけれど、お死になさる人は決して酔狂《すいきょう》でお死になさるのではございません」
「…………」
「どういうわけか、わたくしなどはちっとも存じませぬけれど、どうやらかのお方はお前様のために廓《くるわ》へ身を沈めて、慣れぬ苦界《くがい》の勤めからこの世を捨てる気になったのでございましょう、それが死んで行く時まで、あなた様のことを心配して、あの中からお金まで都合して下さるおこころざしは、わたくしなどは他《はた》で聞いてさえ涙が溢《こぼ》れます、それですから、わたくしは途中で自分が捕《つか》まって殺されてもいいから、この手紙だけはお届けしな
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