なっているそうでございます」
「遺書に?」
「はい、それで二十両のお金、あなた様の御病気をお癒《なお》しなさるようにとのお心添えなそうにございます」
「そうか」
 存外に冷やかな響きでしたから、今度はお玉の方が満足しませんでした。
「おかわいそうに、このお手紙をお書きなすって、お金と一緒に私へお頼みなすったあとで自害をなさったのでございます。死んで行くわたしは定まる縁でありますが、生きて残るあなた様のお身の上が心配と記《しる》してあるそうでございます」
 お玉の口には、頼んだ女の心が乗りうつるかと思われるほど熱が籠《こも》っていたが、
「ははあ」
 竜之助の張合いのないこと、気の毒とか憐れとかいうような感情の動きは微塵《みじん》も認められないのみか、聞きようによっては、頼みもせぬに死んでくれたというようにも響きましたので、お玉の胸にはむらむらと不満がこみ上げて来ました。
「あの、このお方は、あなた様の御親類筋のお方でございますか、それとも御兄妹《ごきょうだい》でいらっしゃいますか」
「親類でもないし、兄妹でもない、赤の他人じゃ」
「赤の他人でさえ、こんなにまでなさるのに……」
 お玉は
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