四
古市の大楼には柏屋《かしわや》、油屋、備前屋、杉本屋などいうのがあります。これらの四軒には、いずれも名物の伊勢音頭《いせおんど》というものがあります。
源氏車《げんじぐるま》に散らし桜を染め抜いた備前屋の暖簾《のれん》の前に、お玉とムク犬とが尋ねて来た前から、この家では伊勢音頭が始まっておりました。
今宵《こよい》、その折の音頭のお客というのは、五人連れの若い侍たちでありました。
「これは勤番《きんばん》のお侍でもなく、御三家あたりの御家中でもなく……左様、やはり、お江戸の旗本衆のお若いところ」
備前屋の主人は、この五人連れの若い侍たちを見て、こんなふうに目利《めきき》をしてしまいました。
その頃、どこの色里へ行っても、やはり江戸の者がいちばん通りが良かったそうであります。諸大名の家中《かちゅう》にも、上品に遊ぶ者や活溌に遊ぶものもずいぶん無いではありませんでしたが、どうしても江戸の旗本あたりのように綺麗にゆかなかったそうであります。それで京都あたりでも、ほんとにあの社会で好かれたものは薩長でもなく、土佐や肥前でもなく、やはり江戸の侍であったというこ
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