》てをするその人は、いかなる人で、何の義理があるか、それらもまたお玉にはわかりませんでした。
「あの、なんでございますか、男のお方でございますか、女のお方でございますか」
「男の方だよ」
 暗い中を暫らく行くと、石段があって下へ下へと降りて行くようになっていて、下からは塩気《しおけ》を帯びた風が吹き上げて来るようでありました。
 大湊は神代からの因縁《いんねん》のある古い古い船着《ふなつき》であります。この小屋なども百年を数える古い建前《たてまえ》であって、磯の香りや木の臭気でむしむしと鼻を撲《う》つのでありました。
 磯に沿うた崖《がけ》と、小屋の支えになった乱杭《らんぐい》の間の細道を歩かせられて、どうやら材木小屋の下を潜《くぐ》って深い穴蔵《あなぐら》の中へ引張り込まれて行くように思われてきました。
 お玉はここまで引張られて来ると、何とも言えないいやな気になってしまい、
「ああ怖《こわ》い」
 意地にも我慢にも、引かれて行く与兵衛の手を振り切って逃げ出したくなりました。
「どうした」
 お玉は慄《ふる》えながら、
「ずいぶん怖いところですねえ」
「こんなところでなければ人は隠せ
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