た。
仕事場の外は暗いが、右手の方の海は明るく見えます。
大湊の海は阿漕《あこぎ》ヶ浦《うら》には遠く、二見ヶ浦には近い。静かで蒼《あお》い阿漕ヶ浦と、明るくて光る二見ヶ浦が、大湊の島で二つに分れているようになっていました。
「お玉、お前まあ、よく会って話をしてみるがいい」
海の風が神前浜《こうさきはま》の方から吹いて来て与兵衛の声を消す。お玉はよく聞えなかったから、返事をしないで黙って歩くこと暫し、
「さあ、ここへ入るのだ」
入江に近い大きな材木小屋。
お玉を入れると直ちに与兵衛は戸を立て切ってしまいました。
「手を引いてやる、暗いから用心をして来さっしゃい」
船をこわした古い材木と、削《けず》りぱなしの材木との累々《るいるい》たる間を、与兵衛に手を引っぱられて行くお玉は気味が悪くてなりませんでした。もし相手が与兵衛でなかったならば、お玉は一歩も中へ進み得なかったであろうと思われます。
「お玉さん、退引《のっぴき》ならねえ行きがかりで、俺もその人を匿《かくま》っているんだ、誰にも知られてはならないが、お前は別だから連れて来たんだ」
与兵衛がこれほどに匿《かくま》い立《だ
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