獅子ヶ鼻という山だ、あの山の蔭へ行ってみたら、いいところがあるかも知れねえ」
「行きましょう、人が来るといけないから早く」
 二人はなお南へ行こうとした道を曲げて、西の方へ道のない山ふところを分けて獅子ヶ鼻の山の下へ出ました。
 四方を見れば寂然《じゃくねん》として深谷《しんこく》の中にある思い、風もないから木も動かぬ、日の光が、照すのでなく覗《のぞ》くようにとろり[#「とろり」に傍点]としている。
「玉ちゃん、さあ着物を脱ぎねえ」
 大きな樅《もみ》の木の下、岩角が自然と洞《ほら》になっているところ、米友はそこを見出して自分が先に荷物を卸《おろ》して、
「ここなら誂《あつら》え向き、その木と木の間へいま梁《はり》をこしらえるから、そこへ着物をかけて乾かしておけば、着物の乾く間、それが屋根にならあ」
 立枯《たちがれ》の木をへし折って、それを蔓《つる》で結《ゆわ》えて干場《ほしば》を拵《こしら》える。
「さあ、干場が出来たから着物を脱ぎねえ」
 お玉は解きかけながら、
「米友さん」
「何だい」
「襦袢《じゅばん》まで湿《しめ》ってるんだよ」
「なら襦袢まで脱いだらよかろう」
「襦袢まで
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