「あれ――」
「ソレ、だから言わねえこっちゃあねえ」
米友は喫驚《びっくり》して小川に陥《はま》ったお玉の手を取る。川は小さな流れだけれども、相当の深さでありました。
そういう場合における米友は注文より以上に敏捷《すばし》っこいので、女を水物《みずもの》にしてしまうようなことはなく、お玉がおっこち[#「おっこち」に傍点]るが早いか直ぐに腕を取って引き上げてしまいました。
「だから言わねえこっちゃあねえ、待っていりゃあ丸太を持って来て橋を架《か》けてやるものを、気の短けえことったら」
米友は小言《こごと》を言いながらお玉を引き上げていると、
「ふだんならこのくらいのところは何でもないけれど、今は気が急《せ》いているもんだから」
「まあ、仕方がねえ。これビショ濡れだ、上着も帯も。それに向《むこ》う脛《ずね》を少し摺《す》り剥《む》いたね、痛いかえ」
「痛かあありません」
「これじゃあ道中ができねえ、そうかと言って人の家へは寄れねえ旅なんだから、山ん中へ入ろう、まだ泊るには早いけれど、どこかでその着物を乾かすところを探さなくっちゃあな」
「そうだねえ」
「エエと、あの高《たけ》えのが
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