まあ、なんにしてもここまで無事に来りゃあもう占めたもの、どこか今夜はひとつ山神《さんじん》の祠《ほこら》でもお借り申して一晩泊めてもらって、それから明日の朝、野見坂峠を越して鵜倉へ出るんだ。玉ちゃん草臥《くたび》れたろう、もう一息だ、我慢しな」
「なあに、そんなに草臥れやしませんよ」
たしかに六七里は来ているから、お玉の足ではかなり草臥れていました。所帯道具を背負《しょ》っているために、米友は今更お玉を背負ってやるわけにもゆきません。
「やあ橋がこわれてやがる。何だ、出逢橋《であいばし》だって。洒落《しゃれ》た名前だな、出逢橋がこわれて縁切橋なんぞは気が利かねえ。飛んじまえ。玉ちゃんお前、飛べるかえ。飛べなきゃあ、どっかから丸太を探し出して橋をかけてやるがどうだい」
米友は軽々とそのこわれた板橋の間を飛び越えてしまって、荷物をそこへ下ろしているとお玉は、
「飛べますよ、このくらいのところ、わたしだって」
距離は一間ぐらいしかないのだから、お玉も何の気なしに、
「どっこいしょ」
米友が気づかっているのを無頓着《むとんちゃく》に飛びは飛んだが、見事に飛び損《そこ》ねてしまいました。
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