んで、大勢に囲まれているんだ、ムクのことも心配《しんぺい》だが、お前《めえ》と俺《おい》らもこうしちゃあいられねえ」
「どこへ逃げましょうね」
「どこと言って俺にも当《あて》はねえ、山の方へ逃げてみよう」
「友さん、竿をどうしたの」
「ばかばかしいやい、宇治山田の米友が商売物の竿を召し上げられちゃった」
「誰かにあれを取られたの」
「そんなことはどうでもいい、早く逃げなくちゃいけねえ、玉ちゃん、俺の背中へ乗っかりねえ」
「わたしだって歩けますよ」
「歩けるたって世話が焼けていけねえ、引担《ひっかつ》いで行くから遠慮をしなさんな」
「でも、こんな大きな姿《なり》をして負《おぶ》さってはきまりが悪いから、歩けるだけ歩きますよ」
「きまりが悪いどころの話じゃねえ、お前と俺はここを逃げると二度とふたたび、この土地へ足を踏ん込めねえんだ、山へ逃げ込めば山ん中で当分かくれて里へは出られねえんだ、だからここに有合せものの栗でも薯《いも》でもお米でも、みんなこの袋へ入れて俺《おい》らが担いで行くよ」
「そうしましょう、それにしてもわたしはムクのことが心配になる」
「心配しなさんな、俺らが町のやつらを嚇
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