の枝の間から声がする。
「やいやい、手前《てめえ》はエライ奴だ、宇治山田の米友の竿を撥ね落す奴は日本に二人とはあるめえ、その腕に惚《ほ》れたから、米友が今日は綺麗に負けて逃げてやらあ、だがな、おい、役人、町のやつら、ムクを殺すと承知しねえぞ、ムクを殺すようなことがあれば、この米友が宇治と山田の町へ火をつけて焼き払うからそう思え、宇治と山田の町へ火をつけたら、手前たちはよくっても大神宮様に申しわけがあるめえ、火をつけられるのがいやだと思ったらムクを放してやれ、いいか、それ屋根から屋根へ飛んで米友様がお逃げあそばすのだ、弥次馬どきやがれ」
屋根にいた弥次馬連はこの声を聞いて、屋根から転《ころ》び落つるほどに驚いて逃げ走りました。
米友は榎から屋根、屋根から屋根、瞬《またた》く間《ま》に姿を隠してしまった身の軽いこと。
十一
「いけねえ、いけねえ」
米友は茹《ゆ》でたようになって、隠《かくれ》ヶ岡《おか》のわが荒家《あばらや》へ帰って来ると、戸棚に隠れていたお玉が出て、
「ムクは殺されてしまって?」
「ううん、殺されやあしねえけれど助からなかった、古市の町へ逃げ込
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