《おどか》しといたから、やつらもムクを殺しはしめえ、生きていりゃあ、ムクのことだから、山ん中にいようと谷底に隠れていようと、あとを尋ねて来るからなあ」
「ほんとにそうだといいけれど」
「そうに違えねえ」
これらの連中の頭は実に単純を極めておりました。お玉は何の故にして自分が召捕《めしと》りに来られたのだかわからない。米友もまたもとよりそれがわからない。おたがいにわからない同士で逃げ出したり助けに行ったり、泣きごとを言ったり啖呵《たんか》を切ったりしている。彼等にとっては人間の出来事も偶然の天災も同じことで、地震、雷、火事の場合と同じように、当面のことだけ逃げたり避けたり反抗したりしていればよいつもりでいるのでした。
お玉には笠を被《かぶ》せて、身なりもなるべくお玉でないようにし、米友もまた笠を被って人目を隠し、袋へはあり合せた食料や日用品を詰め込んで肩にかけて飛び出しました。
「玉ちゃん、俺《おい》らは考えたがな、山へ逃げ込むよりもだな、これからずっ[#「ずっ」に傍点]と南へ行って野見坂峠というのを越すと鵜倉《うくら》という浜辺へ出るからな、その浜辺から船へ乗って逃げようじゃねえ
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