生命がけでやる米友の曲芸。ただ見る丈《たけ》四尺あるやなしの小兵《こひょう》の男。竿に仕かけた槍を遣うこと神の如く、魔の如く、電《いなずま》の如く、隼《はやぶさ》の如し。
「ああ、見事な働き」
 兵馬は眼を拭って、我とも知らず人を押し分けて前へ出る。
「御所望《ごしょもう》致す、そのお手槍《てやり》をお貸し下されますまいか」
 暫らく見ていた宇津木兵馬は、山田奉行の役人の下僕《しもべ》とも見える男の傍へ寄って、その持っている槍をお貸し下されたしと申し入れます。
「槍をなんと致される」
 役人は兵馬に向って尋ねますと、
「あの小兵の男、何者とも知らねど槍の扱いぶり至極《しごく》めずらしい、一手《ひとて》応対を致してみたいと存じます」
「ナニ、貴公があの中へ出向いてみたいと言わるるか」
「左様にござる、で、卒爾《そつじ》ながらそのお槍の拝借をお願い致す儀でござる」
 若いに似合わず大胆な言いぶりでしたから、面々《めんめん》は感心もし、危なくも思い、
「それは近頃お勇ましいお申し出でござるが、御覧の通り、あれは人間業《にんげんわざ》でない奴、うっかり近づくよりは遠巻きに致して疲れを待つ
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