々《こうこう》たる淡路流の短い穂先。それを扱《しご》いて一文字に、群衆の中へ飛び込んでしまった、その早いこと。生薬屋の屋根の上から覘《ねら》いを定めようとした猟師の藤吉は、火縄を吹いて呆気《あっけ》に取られ、
「迅《はや》い奴だ、鉄砲玉より迅い」
 人混みの中へ鉄砲は打ち込めないから手持無沙汰《てもちぶさた》。
 米友が飛ぶと、ムクも飛ぶ。一団になって遠捲きにしていた群衆の頭の上から、人と犬とが一度に落ちて来たのだから、ワァーッと言って崩れ立つ。
「ざまあ見やがれ」
 弥次馬は崩れたが、逃げられないのは警護に出向いていた奉行《ぶぎょう》の捕手《とりて》。
「神妙に致せ、手向い致すと罪が重いぞ」
「好きで手向《てむけ》えをするんじゃねえ、汝《てめえ》たちが手向えをするように仕かけるから手向えするんだ、素直《すなお》に俺《おい》らとムクを通してくれ、道をあけて通してくれりゃ文句はねえんだ、やい通しやがれ」
 鉄砲の覘いを乱すために米友は、わざと人の中を割って働く。槍をグッと手元につめて七寸の位にして遣《つか》ってみる、隻手突《かたてづ》きに投げ出して八重に遣う。感心なことに、皮一重まで持っ
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