の温和しいムクが怒るとこんなものなんだ、一疋の畜生に何百てえ人間が、吠面《ほえづら》あ掻《か》いて逃げ損《そこ》なっていやあがる、このうえ米友様の御機嫌を損ねたらどうするつもりだ、さあ通せ、道を開いて通せ、ムク様と米友様のお通りだから道を開いて素直《すなお》に通せやい」
「イヨー米友、大出来」
「通さなけりゃ、こっちにも了簡《りょうけん》がある、やい、早くそこの道を開きやがれ」
米友は勇気|凛々《りんりん》として、竿を打振って行手の群衆に道を開けと命令する。
「あいつは、あの通り小兵だけれども、肉のブリブリと締まっていることを見ろ、あれで力のあることが大したものなんだ、身体のこなしの敏捷《すばしっこ》いことと言ったら木鼠《きねずみ》のようなもので、槍を遣《つか》わせては日本一だ」
米友の手並は事実と誇張とで評判になって、恐怖の騒動の巷《ちまた》はここで一種の興味ある大人気を加えてしまいました。
その時、誰が投げたかヒューと風を切って飛んで来た拳大《こぶしだい》の石。
「何をしやがる」
竿の網を袋にならぬように強く張った五色の糸。それでムクの鼻面《はなづら》に飛んで来た石をパッと
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