ち迷うていました。
「狂犬《やまいぬ》を打ち殺せ」
石や瓦や棒片《ぼうぎれ》が、立ち迷うているムクをめがけて雨のように降る。
ムク犬は決して狂犬《やまいぬ》になったわけではない。主人の危急を救わんとして狂犬にさせられてしまったのでありました。かわいそうに、ムク犬もこうしていれば、けっきょく狂犬としてここで殺されるよりほかはないのでありましょう。
時に天の一方から、
「どいた! どいた! どきあがれ」
鉄砲玉のように飛びこんで来た一人の小男、諸肌脱《もろはだぬ》ぎで竹の竿に五色の網。
「やいやい、ムクは狂犬じゃねえんだ、汝《てめえ》たちが狂犬にしちまったんだ、ムクを殺しやがると承知しねえぞ」
それは米友でありました。四尺の身体に隆々と瘤《こぶ》が出来て、金剛力士を小さくした形。
「イヨー米友!」
妙な役者が飛び出したと、屋根の上で見物していた弥次馬が一斉に囃《はや》し出すと、米友は網竿を水車のように廻して、
「ムクは温和《おとな》しい犬なんだ、今まで人を吠えたことも、食いついたこともねえ犬なんだ、それを汝《てめえ》たちが寄ってたかって狂犬にしてしまいやがる、ざまを見やがれ、そ
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