「けれども陰気だねえ。わたしはあんな陰気な歌よりは、投げさんせ、抛《ほう》らさんせで、陽気にやる方が好きだけれど」
お杉はお玉の面色《かおいろ》をうかがうようにしたが、お玉は真直ぐに向いたきりで何とも言わなかったから、お杉はまた、
「それでも、お玉さんがあの歌をうたうと、お客様がみんな感心してしまうのだからね。わたしだってなんだか悲しくなって、気を引かれてしまいますわ」
「今は流行《はや》らないんだけれど、あれが本歌だと、お母さんが、そ言って教えたもんだから」
お玉は申しわけのように、これだけを言った。それから二人の間には、話の蔓《つる》がしばらく切れて黙って歩いて行って、
「あれ、ここは谷村道《たにむらみち》だよ、それではお玉さん、ここでさよなら」
「あ、そうでしたねえ、さよなら」
お杉とお玉とはここで別れる。お玉に別れたお杉は、スタスタと畷道《なわてみち》を谷村の方へ急いで参ります。
お玉は少しのあいだ立ち止って、お杉の行く後ろ影を見送っていましたが、
「わたしも急ぎましょう、今日は帰ってから古市《ふるいち》へ呼ばれるお約束があった」
前より少し急ぎ足になって、例の黄八
前へ
次へ
全148ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング