入れたのを抱え、身なりもお対《つい》の黄八丈《きはちじょう》の大振袖《おおふりそで》で、異《ちが》うのは頭に一文字の菅笠《すげがさ》をいただいていることでありました。
「何をしていたの」
「草履《ぞうり》が切れそうになったから」
お玉はお杉の立つところへ追いついてから、少し息を切って、それから二人は肩を並べながら、松並木を東へと歩んで行くのであります。
「今日は少し遅いよ、父さんが怒るだろう、かまやしないけれど」
お杉はこう言って空を仰ぐと、その頭の上を驚かすように、烏《からす》の群が唖々《ああ》と過ぎて行く。
「まだ、烏が飛んでいるよ、暢気《のんき》な烏だねえ」
お杉は口が軽い、歩きながらも何か言ってみねば納まらない性質《たち》であった。
「あの烏はどこへ行くのでしょうね」
お玉は黙って、烏の過ぎ行く方をながめていたが、
「朝熊山《あさまやま》の方に巣があるのでしょうよ」
「鳥は古巣へ帰れども……お玉さん、お誂《あつら》え向きだね。あれ、まだ常明寺の鐘が鳴っているよ、夕べあしたの鐘の声……ね、ほんとにお玉さんのお誂えの通りだよ」
「そうですねえ」
お玉は、にこやかに笑った。
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