ヶ岡《おか》(尾上山《おべやま》)に近い荒家《あばらや》の中で、
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十七|姫御《ひめご》が旅に立つ
それを殿御《とのご》が聞きつけて
留まれ留まれと袖《そで》を曳《ひ》く
それで留まらぬものならば
馬を追い出せ弥太郎殿
明日は吉日《きちにち》日も好いで
産土参《うぶすなまい》りをしましょうか
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これはしごく暢気《のんき》な鼻歌でありました。家の外には秋草の中に鶏頭《けいとう》が立っている。穀物だの芋《いも》だのが干《ほ》してあって、蓆《むしろ》の上で二三羽の鶏が餌を漁《あさ》って歩いていると、何に驚いてか、キャキャキャキャ、けたたましくその鶏が鳴き出して、小屋の屋根の上へ飛んで羽バタキをする、平和な田舎家《いなかや》の庭に不意に旋風《つむじかぜ》が捲いて起りました。
「また来やがったな」
とんぼ口から飛び出したのは、一人の子供……身の丈は四尺ぐらい、諸肌脱《もろはだぬ》ぎで、手に一本の竿《さお》を持って、ひょいと飛び出したところを見れば、誰も子供が出たと思います。
しかしよくよく見れば、子供ではないのでありました。面《かお》は猿のよう
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