男に飛びついたムクは、咽喉笛《のどぶえ》をグサと啣《くわ》えて、邪慳《じゃけん》に横に振る。
「あっ」
「憎い犬め!」
次のが十手で一撃を加えるのを、その手を潜《くぐ》って面《かお》にガブリと噛みついた、素早いこと。
「斬れ斬れ、叩っ斬れ」
あまりの猛勢にぜひなく白刃《しらは》を抜いて、一刀の下に斬り捨てんと振りかざせば、その刃を飛びくぐって、跳《は》ねつき、唸《うな》りつける凄《すさ》まじさ。
獣にも攻める獣と守る獣とがあります。山野における猛獣はすべて攻める獣であって、もし獅子《しし》を攻める獣の王とすれば、守る獣の王はまさしく犬であります。真に守ることを知る犬が、その天職に殉《じゅん》ずる時は獅子と相当ることすらできるのであります。ムク犬はそのよく守ることを知る犬でありました。
それがために、お玉は捕えられずに逃げ出すことができましたが、逃げ出したことが、お玉にとって幸か不幸か、それはまだわかりませんでした。仮りにも役目で向った人たちに、かかる猛烈な正当防衛を試むることの理非は、悲しい哉《かな》、ムク犬には判断がつきませんでした。
八
隠《かくれ》
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