にして、クルリと身を転ずるや、またしても土間を突き抜けて驀然《まっしぐら》に裏口へ飛んで行きました。
「御用」
 表でこの騒ぎを知るや知らずや、今度は正銘《しょうめい》の捕方《とりかた》が五人、比較的に穏かな御用の掛声で、ドヤドヤと裏口からこの家へ押込んで来た。その出会頭《であいがしら》に、眼を瞋《いか》らし、歯を咬《か》み鳴らし、両足を揃えて猛然と備えたムク犬。
「わたしは何も……わたしは何も、お役人様に召捕られるような悪いことをした覚えはありません、それだのに、何もわけをお話し下さらずにわたしを捉《つか》まえようとなさるのは、あんまり、あんまり酷《ひど》い」
 お玉はオロオロ声で愚痴《ぐち》を言いましたけれども、いま裏口から入って来る人数を見ると、わけもわからずに怖くなって、
「わたし、逃げるわ、何も悪いことをしないのに捉まっては合わないから逃げるわ、あとでわかることでしょうから逃げるわ」
 お玉は無分別に、跣足《はだし》で縁を飛び下りて、無暗《むやみ》に逃げ出してしまいました。
「それ、お玉が逃げる、逃がすな」
 お玉が逃げ出したと見た捕方が追いかけようとする、真先《まっさき》の
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