で烈しく吠えます。
「まあ、騒々しいことといったら」
 お玉は、どうにもムク犬が制し切れないので困っていると、行商体の男は、ジロリとお玉の面《かお》から家の中を一廻り見廻して、
「お玉さん、お前さんこのお家に一人かね」
 なんだか薄気味《うすきみ》の悪い問いぶり。
「ええ、ここは一人、向うが叔父の家」
「そうしてなにかえ、ゆうべ備前屋から帰りに連れがあったのかえ、それとも一人で仕事をして帰ったのかえ」
「連れがあったかとおっしゃるのは……」
「とぼけるな、お玉御用だ!」
 懐ろから飛び出した銀磨《ぎんみが》きの十手《じって》。
「あれ――」
 お玉の細い腕を逆に取る時、雷電の一時に落つるが如く飛び来《きた》った猛犬ムクは、物も言わせず大の男を縁より噛み伏せてしまいました。
「まあ、どうしたと言うんでしょう、わたしにはわからない、わたしにはわからない、わかりやしない」
 お玉はあまりのことに、飛び上って、突っ立ったきりです。
 行商体の男の有様こそ無惨《むざん》なもので、面の全部を腮《あご》から噛まれて、銀磨きの十手を抛《ほう》り出してそこへ突んのめってしまったのを、ムクはそのまま噛捨て
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