しじ》に金蒔絵……絵は住吉の浜でございますな」
「そうでございましょう、松がよく出来ておりますね」
 お玉は、行商体の男が見たいというのだからその印籠を見せると、男はそれを捻《ひね》くって、しきりにながめておりましたが、
「それに紐と言い、根付と言い、安い品じゃございません」
「うちなんぞにある品ではございません、拾い物でございますよ」
「拾い物、とおっしゃると、ちと心当りがありますね、どちらで拾いました」
「昨晩、古市で」
「古市で……そうでございましたか。あのもし、あなた様は間の山へおいでになるお玉さんというのではございませんか」
「はい、私がその玉でございますが」
「そうして昨晩、備前屋へお招《よ》ばれなすったお玉さん」
「へえ、あそこはたびたび御贔屓《ごひいき》になっておりまする、そして昨晩も」
「昨晩もあの、おいでになりましたか」
「お伺い致しました、その帰り途にこの印籠を拾いましたものですから、これからお届けに参ろうと存じます。そうして、あなた様にお心当りとおっしゃるのは……」
 物狂《ものぐる》わしいムク犬は、またしてもここを捨てておいて、土間を突き抜けて裏口へ廻ってそこ
前へ 次へ
全148ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング