ころへ来て、
「お早うございます」
「お早うございます」
人間同士はあたりまえの挨拶をしたけれども、犬は人間の間に立ち塞《ふさ》がって、強弩《きょうど》の勢いを張っておりました。
「たいへん強そうな犬でございますねえ」
行商体の男はお世辞を言って、縁側へ腰を下ろしてしまいました。
「いつもこんなに吠えるのではないのですけれど……ムク、なぜそう聞きわけがないのです」
お玉は言いわけをしたり、叱ったりしながら、いま金ちゃんの母親に見せた印籠やなにかを包みに蔵《しま》おうとすると、
「ちょいと拝見、結構な印籠でございますね」
行商体の男が手を差伸べると、なお頻《しき》りに唸りつづけていたムクは、急に身を翻《ひるが》えして家の土間を潜《くぐ》り抜けて裏手の方へ飛んで行きましたが、そこでまた烈しく吠えます。
「ちょっ、どうしたと言うんでしょう、あっちこっちで吠え廻ってさ」
お玉はムクの吠えている裏口の方へ身をよじらせて、
「ムクや、ムクや」
烈しく吠えていたムクはこの呼び声で、また驀然《まっしぐら》に土間を突き抜けて、前のところへ戻って来て、行商体の男に向って鋭い睨め方。
「梨地《な
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