《ちゅうにかい》で……」
 仲居の一人が第二の大変をその場へ知らせて来たのであります。
「大変とは?」
「あの離れの中二階で、お登和《とわ》さんが……こうして」
「どうして?」
 仲居の女はこうしてと言って、血相が変って口が利《き》けないのを手で補って、咽喉《のど》を掻き切る真似《まね》をしたのですから、備前屋の主人は仰天《ぎょうてん》しました。
「お登和が咽喉を突いたと!」
 盗賊は大きくとも物品に関することであるが、ここに報告されて来た第二の大変は人命に関することでありました。
「みんな早く……」
 主人は先へ立って飛んで離れの中二階へ来て見ると、屏風《びょうぶ》もなにも立て廻してはなく、八畳の間いっぱいに血汐《ちしお》。蘇枋染《すおうぞめ》を絞《しぼ》って叩きつけたようなその真中に突伏《つっぷ》した年増の遊女――それは昨晩、間の山節をここで聞いた女、また手紙と金とをお玉にそっ[#「そっ」に傍点]と渡して頼んだ女、ここではお登和と呼ばれている女――
「ああ、やったな、危ないとは思ったが、とうとうやったな。早く脈を見てみるがいい、気味の悪いことがあるものか、血だ、血だ、血で辷《すべ》
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