備前屋の主人は、家族から雇人、芸妓遊女の類《たぐい》を悉く足留めをして、いちいち裸《はだか》にするまでにして調べたけれども、品物は一つも出ては来ず、また、こいつが取ったろうと思われるような面付《かおつき》に見えるものは一人もありませんでした。
「どうもなんとも困ったことで、全く以て申しわけがないことじゃ」
備前屋の主人が額《ひたい》へ手を当て当惑するところへ、愚直らしい夜番の男が口を出して、
「昨夜わしが夜番をして、こちらの裏の方を廻ると、あの間の山のお玉が、その塀《へい》の裏の方をウロウロしていたが、お玉がなんですかえ、こちら様へお呼ばれなすったのですかえ」
「あ、お玉……」
と言って、主人を囲んでそこに集まるほどの者がみんな眼を見合せました。宵からここへ出入りをした者で、ここに面《かお》の足りないのはそのお玉ばかりでありました。
「お玉がなにかえ、この家の裏の方を……」
「へえ、お玉さんが裏の潜《くぐ》りのところから出て塀をグルリと廻って……」
「ははあ、お玉がかい」
一同は、お玉の名を言い合せてその眼が怪しく光りました。その時に、
「タタタ大変でござりまする、離れの中二階
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