、御番所へお届けをしよう。でもこれから帰るのもなんだかおっくう[#「おっくう」に傍点]だから、明日の朝にしましょう、明日の朝、少し早く起きて、出がけに御番所へ届けるとしましょう」
 お玉は、その印籠をまた懐中へ入れますと、前に備前屋で女衆から頼まれた手紙と金包とに気がついて、今宵は懐の重いことをいまさらに感づいたようでした。
「おや、足の方は泥だらけになって。それにお前、怪我《けが》をしているね。おや、この顋《あご》のところから血が……」
 大した怪我ではないが、ムクはたしかに怪我をしている。
「洗って上げるからおいで、そこの流れで洗って、創《きず》を巻いて上げるから」

         六

 お玉が帰ってからその晩は無事でありましたが、朝になると、備前屋の楼上で二つの大変が持ち上りました。その一つの大変は、ゆうべ音頭を見て、間の山節を聞いて、酔うて寝た五人づれの侍が朝起きて見ると、一人残らず懐中のものを奪われていることでありました。
 さすがに腰の物だけは残されてあったが、懐中物の全部と、印籠までも盗《と》られてしまいました。
 あっと面色《かおいろ》を変えたものもある、なあーに
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