ことが、いよいよ物淋しくなって、足の運びは駈けるようになって行きますと、ちょうど町の外《はず》れへ来た時分に、ふいに飛び出して、お玉の裾《すそ》へまつわり[#「まつわり」に傍点]ついたものがあります。
「まあ、ムクかえ、どこにいたの、どこを歩いていたの」
 お玉は嬉しくてたまらない、腰を屈《かが》めてムクの背中を擦《さす》ってやろうとすると、ムクがその口に何か物を啣《くわ》えていることを知りました。
「何だえ、お前、何か啣えているね」
 頭を撫でながら、ムクの啣えているものを取りはずして見ると、それは思いがけなく一組の印籠《いんろう》でありました。
「おや、結構な印籠が……」
 お玉はそれを、町の方へ向けてなるべく明るいようにして、仔細に見ると、梨子地《なしじ》に住吉《すみよし》の浜を蒔絵《まきえ》にした四重の印籠に、翁《おきな》を出した象牙《ぞうげ》の根付《ねつけ》でありましたから、
「こんな結構な印籠を、お前どこから持って来たえ、拾ったのかえ、どこで拾ったの」
 犬は神妙に首を俛《た》れております。
「これは並大抵《なみたいてい》の人の持つ品ではない、きっと立派なお侍さんの持物だよ
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