っては、それのうつり[#「うつり」に傍点]が非常によく、白ゆもじの年増《としま》に、年下の男が命を打込むまでに恋をしたというような話も往々あることでした。
ここにいま文を書いている女も、病に悩む女でありましたが、素人風がこうしているとまでに取れないほど、それほど女の人柄《ひとがら》をよく見せるのでありました。
朱塗りの角行燈《かくあんどん》の下で、筆を走らせては、また引止め、そうして時々は泣いている。そこへ前の、
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夕べあしたの鐘の声
寂滅為楽と響けども
聞いて驚く人もなし
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書きさしていた筆をハラリと落して、じっと耳を澄ましていると、お玉の弾《ひ》きなす合の手が綾《あや》になって流れ散る。
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花は散りても春は咲く
鳥は古巣へ帰れども
行きて帰らぬ死出の旅
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と来たものです。
「ああ、間の山節が聞える、死にたい死にたい、いっそ死んでしまおうかしら」
ついと立って障子の破れから庭をのぞいて見たが、身《み》の幅《はば》ほどにそれをあけて下を見おろすと、植込の間から、かがやくばかりなる提灯燭台
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