た眼が眠るように、死出の旅――で低く低く沈んで、唄を無限の底まで引いて行く。
この時、いずれかの大楼ではまたしても賑《にぎわ》しき音頭の声、
「ヨイヨイヨイヤサ」
遠くでは賑かな音頭、この座敷では死ぬような間の山節。
この死ぬような間の山節を、死ぬような心地《ここち》で聞いていたものが、五人づれの客と、それを取巻くここの一座のほかに、まだ一人はあったのであります。
中庭から向うへ張り出した中二階の一間が、間毎間毎《まごとまごと》の明るいのと違って、いやに陰気で薄暗い。それもそのはず、こには病気に悩む女、間夫狂《まぶぐる》いをする女、それらを保養と監禁と両方の意味に使用されるところですから、ここで血を吐いて死んだ女があるとか、幽霊が出るとか、そんな噂のしょっちゅう絶えたことのない一間であります。
間の山節が始まる前に、この一間で墨をすり流して、巻紙をもうかなり長く使って、文《ふみ》を認《したた》めていた女。
古市の遊女は、勝山髷《かつやままげ》に裲襠《しかけ》というような派手《はで》なことをしなかった、素人風《しろうとふう》の地味《じみ》な扮装《いでたち》でいたから、女によ
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