上って参ります。
「お玉さん、席が出来ました」
「有難うございます」
 お玉は大事そうに三味線を抱えて、草履を克明《こくめい》に脱ぎ並べて、その席へ身を載せて、上の方へお辞儀をして、袋をはずして中から三味線を取り出しにかかる模様が慣れたものであります。
 ここにおいて、先にお玉を座敷へ上げようとして席のテレかかったのを不思議に思った若侍たちは、
「ははあ、なるほど」
と感づきました。お客がお玉を聞くには、いつでもこうして聞くのである。楼でお玉を聞かせるには、いつでもこうして聞かせるのである。結局、お玉は縁より上へはあがれぬ身分か。
 お玉はおもむろに袋から三味線を取り出しました。黒ずんだ色をした三尺の棹《さお》、胴も皮もまた相当に古色を帯びた三味線であります。
 帯の間から撥《ばち》を取り出して音締《ねじめ》にかかる、ヒラヒラと撥を扱って音締をして調子を調べる手捌《てさば》きがまた慣れたものであります。
「撥捌《ばちさば》きがあれでまんざら[#「まんざら」に傍点]捨てたものではございません、ああして弾《ひ》き出してから、お客様が面《かお》をめあてにお鳥目《ちょうもく》を投げますると、あ
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