間の山のお玉か、待ち兼ねていた、さあこれへ」
黒羽二重の若侍は、気軽に座敷へ呼び上げようとすると、お玉は遠慮をして縁より上へは頓《とみ》に上ろうとも致しません。取巻きの連中もまた、さあこれへ上れということを言いません。
「早う、お玉の席をこしらえてやるがよい、その毛氈《もうせん》を敷いて、見台《けんだい》が要《い》るならば見台を」
お客の方から催促されても、お玉もそれきり上へあがろうともしなければ、取巻連中もまた客から言いつけられたように、席をこしらえてやろうとする気配《けはい》もなく、眼と眼を見合せておりますから、席がなんとなくテレて参ります。
「いいえ、こちらでよろしゅうございます、こちらの方がよろしゅうございます」
お玉が辞退しますと、それを機会《しお》に万の[#「万の」に傍点]が、
「お玉さんの勝手なのだから、あそこへ敷物を敷いておやり」
「承知致しました」
万の[#「万の」に傍点]より一段下の仲居は、もうちゃんと心得たもので、薄縁《うすべり》を二枚、押入から取り出して、クルクルと庭へ敷き並べ、その上へ、色のさめた毛氈を一枚、申しわけのように載せて、自分はサッサと座敷へ
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