五

「今晩は、間の山の玉でございます、有難うございます」
 ムク犬を連れたお玉は、ちょうどこのとき備前屋の前に立って、片手で源氏車の暖簾《のれん》を分けて、楼の中へ首をさし入れたのでありました。
「あ、お玉さんかえ、お客様がお待ち兼ねですよ」
 奥へ沙汰をすると、例の万の[#「万の」に傍点]に似た仲居が出て来て、
「さあ、お玉さん、裏口へお廻りよ、いつもの通りあの石燈籠の蔭からね。中から木戸をあけて上げますよ」
「ハイ、有難うございます」
 万の[#「万の」に傍点]は差図《さしず》をするような言いぶりでありました。お玉は差図をされた通りに通り抜けて石燈籠の蔭から中庭の方へ参りますと、中からまた一人の仲居が木戸をあけてくれる。導かれて、入って行って見ると、前の五人づれの若侍の大一座。
「間の山のお玉が参りました」
 仲居の万の[#「万の」に傍点]が跪《かしこ》まると、一座の眼は庭先から導かれて来るお玉の方へと一度に向いてしまいます。
「今晩は、間の山の玉でございます、有難うございます」
 縁側の前で、お玉は正客の若侍の方と、取巻きの連中の方へと御挨拶を申し上げます。

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