分柄にもないことをなさる、嗜《たしな》まっしゃるがようござるぞ」
 兵馬は苦《にが》りきって、なおお絹の面を睨《にら》めていると、
「そんな悪戯《いたずら》をするつもりではありませんでしたけれども、ついあなたのお姿を見たものですから、こんなことになってしまって」
 兵馬の真面目になって苦りきっているのが、この女にはかえって面白いことのように見えるらしく、
「この間、古市の町で、背の小さい男が竿を振り廻していた時、それへ槍をつけたのは宇津木さん、あなたでしょう、運悪くそれをわたしが見ちまったのですよ。珍らしいところで珍らしい人に会って、わたしはなんだかゾクゾクと懐《なつか》しくなってしまったものだから、あれからちゃんと、あなたの行方を突き止めていたんですよ、そうしてまたあの手紙を上げて、あなたをここまでお呼び申したのですよ。よく来て下さいましたね、ホホ」
 自分が綱を引きさえすれば兵馬などはどうでもなるように、呑みきっている物の言いぶりでしたから兵馬は勃然《むっ》として、
「お暇《いとま》を申します」
 袖を振って歩き出すと、
「そんなにお怒りなさるものじゃありませんよ、まさかわたしの名
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