で手紙も出されませんから、七兵衛の名を借りてあなたをここまでお呼び申したのは、あなたからはお松やなんかの行方も聞きたいし、わたしからはぜひともあなたにお知らせ申したいことがありますから……」
兵馬はそんな言葉を耳にも入れず、さっさと行ってしまおうとすると、
「あの、宇津木さん、兵馬さん、島田先生は死にましたよ、あなたはそれを知ってますか」
この一語は兵馬を驚かさないわけにはゆきませんでした。
「ナニ、島田先生が亡《な》くなられた?」
ズカズカと立戻ってしまいました。
「ソレごらんなさい?」
「島田先生が亡くなられたというのは、そりゃ真実《まこと》か」
「どうですか」
「そりゃ偽《いつわ》りだ、出立の時まであの通り壮健でござった先生が……」
「偽りなら偽りでようござんす、御信用のない者にお話をしたって詰《つま》りませんから」
「そんなはずはない、嘘だ、偽りだ」
兵馬はそれを言い消してみたけれども、決して心が安んじたわけではありませんでした。まだ老病で死なれる歳ではない、また苟且《かりそめ》の病に命を取られるような脆《もろ》い鍛錬のお方でもない、いわんや刀刃《とうじん》の難によって
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