れると困るんでございますから」
「安心しろよ」
道庵先生はまた堤《どて》の上へゴロリと寝てしまいました。
十九
お絹は、二見ヶ浦の海岸の清涯亭《せいがいてい》という宿の離れにつづいた四阿《あずまや》の中で、長いこと人を待っているのでありました。やがて、編笠を被《かぶ》って海岸伝いにやって来る一人の武士《さむらい》がありました。
武士は松林の中を歩んで来る、お絹は、それを迎えるように松林の中へ入る。武士というけれども、まだごく若い人のようであります。
「宇津木さん、ここよ」
若い武士は歩みをとどめて笠を傾《かた》げてこちらを見る。
「お前様は――」
「ええ、お松の仮親《かりおや》のわたくしでございます、さっきから待っておりました」
この武士は宇津木兵馬でありました。兵馬は呆《あき》れたような面《かお》をしてお絹を眺めたままで立っています。
お絹の方は、いっこう平気らしく、
「宇津木さん、さだめてまたかとお驚きなすったでしょう、けれどもね、今度は前とは違いますよ、前とは違って真剣にあなたにお話をして上げなければならないことがあるのですから」
「お前様は御身
前へ
次へ
全148ページ中138ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング