》へ指を当てがい、下の方へ締めつけると、ブラブラしていた手は忽ちもとのようにひっかかります。
 懐中紙入を出すと、一|挺《ちょう》の剃刀《かみそり》のようなものを引き出して、それで身体のあちらこちらを一寸二寸ずつ、スーッスーッと切って廻る。
「お爺《とっ》さん、手拭を持っているかい、その手拭を河原へ行って濡《ぬ》らしておいで、絞《しぼ》らないでいいよ、それから、足へ捲く布《きれ》が欲しいな、その三尺で結構、ナニ、晒《さらし》を持って来たって、そんならなお結構」
 道庵先生は折れた右足の脛《すね》を晒《さらし》で捲く、濡らして来た手拭を頭と顔へ捲いて肩井《たちかた》を揉《も》んで背を打つと、
「うーん」
「そうら生き返った」
「生き返りましたか」
「早く家へ連れて行って寝かしておけ、明日また俺が行ってやる」
「有難うございます、明日も来て下さいますか」
「行ってやるとも」
「有難うございます、大湊の船大工で与兵衛とお尋ねになれば直ぐおわかりになりますから」
「大湊の与兵衛……よし来た」
「それから先生、わたしがこうしてここで先生のお世話になったことはどうぞ御内分《ごないぶん》に。人に知ら
前へ 次へ
全148ページ中137ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング